「ペンタゴン・ペーパーズ」をご存知ですか?2018年3月30日から全国公開された映画でもありますが、実際に問題となっていた事件でもあります。組織ぐるみの闇を暴くために1人の男性が立ち上がり、裁判へと発展しました。
自分だったらどうするのか考えさせられる内容でもあります。
そこで、今回はペンタゴン・ペーパーズとはどういったものであるのか解説していきましょう。
ペンタゴン・ペーパーズとは?
ペンタゴン・ペーパーズと聞いても意味を詳しく知らない人は多いのではないでしょうか?
米国防省を指すペンタゴン、そしてペーパーズを意味する文書を合わせると「国防省の文書」となりますが、ペンタゴン・ペーパーズの正式名称は「History of U.S. Decision-Making Process on Viet Nam Policy, 1945-1968」で日本語に訳すと「ベトナムにおける政策決定の歴史、1945年-1968年」となります。
第二次世界大戦後、ベトナムで起こった戦争のことをベトナム戦争と言いますが、1960年代には戦争が泥沼化してしまいます。そこで、国務長官のロバート・マクナマラ氏がベトナム戦争の詳細を報告書として作成するよう命じたのです。
その理由としては、これから生まれる政策立案者が同じような間違いを犯さないことだと言い、記録を残すことになりました。
1968年にはロバート・マクナマラ氏は国務長官を退任しましたが、次の国務長官の下でも報告書の作成は継続されており、その報告書は47巻構成にも及び全部で7,000ページにもなったのです。
その内容はフランス植民地時代からベトナム戦争を泥沼に引きずり込むようジョン・F・ケネディとリンドン・B・ジョンソンが行った政策、トンキン湾事件など、政府が行ってきた秘密工作についてが報告されています。
当時はベトナム戦争は手詰まりであることを把握していましたが、アメリカ政府の信用や権威が失われることを恐れ、事実を隠して戦争を続けていたのですが、ペンタゴン・ペーパーズにおいてその過程や隠ぺいについて書かれていました。
ペンタゴン・ペーパーズを暴露した人物
7,000ページにも及ぶペンタゴン・ペーパーズの内容は反戦を支持する人にとっては衝撃的な内容です。
そんな中立ち上がったのが「ダニエル・エルズバーグ」です。元国防総省職員のダニエル・エルズバーグは、アメリカの核戦略を立案する立場にいました。
しかし、反戦を支持するようになったことからペンタゴン・ペーパーズの内容を国会や国民に知ってもらいたいと考え、働いていたシンクタンクのランド研究所からペンタゴン・ペーパーズを持ちだし、同僚のアンソニー・ルッソと一緒に文書のコピーを作るようになったのです。
当時は今のようにUSBなどはない時代なので、1枚1枚コピー機を使用して時間をかけながら準備を進めていきました。
初めはある国会議員にペンタゴン・ペーパーズのコピーを渡したのですが、公表することを拒んだためニューヨーク・タイムズのニール・シーハン記者にコピーを手渡すことにしたのです。
その後、ニューヨーク・タイムズでは特別チームを結成し、ホテルを利用しながら文書の精査作業を行っていたといいます。そして、1971年6月13日から連載記事としてペンタゴン・ペーパーズの内容を報道するようになったのです。
当時大統領を務めていたリチャード・ニクソンが国家機密の情報漏洩だとして記事の差し止めを連邦地方裁判所に求めメディアとの戦いが始まるようになりました。
ペンタゴン・ペーパーズには重大な国家機密に関する情報は掲載されていないと政府は伝えていますが、戦時中にも関わらずに情報が漏洩し続けるとなるとアメリカの安全保障に脅威を与えてしまうという意見により訴えを起こします。
一審では却下される結果となりましたが、ニューヨーク・タイムズ紙に3回目の記事が掲載された後、掲載禁止命令が連邦地方裁判所から出され、アメリカで初めての事前抑制令となりました。
しかし、ダニエル・エルズバーグはワシントン・ポストにも同様にペンタゴン・ペーパーズのコピーを渡しました。するとワシントン・ポストでも記事を掲載していくことになりましたが、掲載禁止令が出されて掲載することができなくなってしまったのです。
その後も他の新聞社へとコピーを渡し、報道されたら掲載禁止令が出る、と繰り返されましたが6月30日に差止め令がついに却下されることとなりました。
ペンタゴン・ペーパーズをコピーしたダニエル・エルズバーグとアンソニー・ルッソは窃盗や情報漏洩、スパイ法違反などによって起訴されたのですが無事に無罪になることが決定したのですが、その理由はダニエル・エルズバーグが他の書類を持っていると考えたリチャード・ニクソンが結成したチームの1人がダニエル・エルズバーグが通っていた精神科のカルテを盗もうとしたことで、政府に不正があったとして起訴事実を棄却したのです。
実際に起訴されていれば115年もの懲役刑となっていたので無事に釈放されてダニエル・エルズバーグたちも安心したでしょう。
そして2011年6月13日、機密指定が解除されたことを受けてペンタゴン・ペーパーズは国立公文書記録管理局などによって全文を公開されることとなったのです。7,000ページの中でもこれまで明かされることのなかった2384ページも閲覧できるようになり、注目を集めました。
ペンタゴン・ペーパーズは映画化されている
大きな問題となったペンタゴン・ペーパーズは映画化されていることでも有名です。日本では2018年3月末から公開され、観たことのある人も多いのではないでしょうか?
監督は未知との遭遇やジュラシック・パークでも知られるスティーブン・スピルバーグ監督で主演はプラダを着た悪魔やマンマ・ミーア!などの話題作にも出演しているメリル・ストリープとダ・ヴィンチ・コードや天使と悪魔で知られるトム・ハンクスです。メリル・ストリープは女性新聞発行人のキャサリン・グラハム役、トム・ハンクスはワシントン・ポスト紙の編集主幹ベン・ブラッドリー役でペンタゴン・ペーパーを新聞上で掲載するか考えて決断する人物です。
ブラッドリーは、歴代の大統領たちとも仲が良く、大物政治家とも一緒に行動するなど友人という立場でもありました。ペンタゴン・ペーパーズの情報を掲載しなければいけない立場として様々な葛藤があったでしょう。
友好関係を解消してまで出さなければいけない内容なのか、裏切ることはできるのか、苦悩を描いた作品でもあります。
もし、自分が同じ立場であったらどうでしょう。友人や知人を守るために隠蔽するのか、それともほかの人たちのためにも包み隠さず公表するのか、考えさせられる内容でもあります。
ペンタゴン・ペーパーズを中心に巻き起こったことは、ダニエル・エルズバーグだけではなく様々な人物の人生を変えています。色々な人の視点に立つことで、その人が抱えていた感情や問題が分かるのではないでしょうか?
第90回アカデミー賞授賞式では受賞はしなかったものの作品賞と主演女優賞にノミネートされました。ペンタゴン・ペーパーズについて知りたい方は作品をご覧になってみてはいかがでしょうか?
ペンタゴン・ペーパーズのコピーを巡ってニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなどの新聞社は政府と対立していきました。結果的には新聞社が勝つことになりましたが、憲法修正第1条・言論の自由があったからこその結果なのでしょう。
様々な苦悩があることから、政府による隠蔽のない世の中になってほしいと願うばかりです。